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広島地方裁判所 平成7年(行ウ)10号 判決 1996年12月19日

広島県三原市東町二九番地の三

原告

宇田敏之

右訴訟代理人弁護士

畠山勝美

広島県三原市宮沖町二四四番地

被告

三原税務署長 高地義勝

右指定代理人

吉田尚弘

徳岡徹弥

金森武彦

石黒秀寿

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、平成五年三月一〇日付けでした

(一) 原告の平成二年分、同三年分の所得税の各更正のうち

(1) 平成二年分総所得金額 七九七万五九三四円

同年分納付すべき税額 九一万六五〇〇円

(2) 平成三年分総所得金額 四五五万三九六四円

同年分納付すべき税額 四五万八〇〇〇円

(二) 平成二年分、同三年分の過少申告加算税賦課決定のうち

(1) 平成二年分過少申告加算税 九万八〇〇〇円

(2) 平成三年分過少申告加算税 三万七〇〇〇円

を超える部分(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二課税の経緯(当事者間に争いがない。)

一  原告は、土木工事業を営んでいる者であるが、平成五年一月二〇日、被告に対し、平成三年分所得税につき総所得金額を二七五万四二五二円と再修正申告をしたところ、被告は平成五年三月一〇日付で、次のとおりに更正する旨の処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分を行い、右同日、原告に通知した。

平成二年分

総所得金額 九一二万七三六四円

納付すべき税額 一二六万二一〇〇円

過少申告加算税 一四万九〇〇〇円

平成三年分

総所得金額 七二九万一四四〇円

納付すべき税額 一〇五万八四〇〇円

過少申告加算税 一〇万七〇〇〇円

二  原告は、被告に対し、同年四月二八日、右処分について、異議申立てをしたところ、被告は同年七月二三日付で、次のとおり原決定処分の一部の取消しを行い、同月二四日に原告に通知した。

平成二年分

総所得金額 八四〇万九九二九円

納付すべき税額 一〇四万六七〇〇円

過少申告加算税 一一万七五〇〇円

平成三年分

総所得金額 六四六万二〇三四円

納付すべき税額 八三万九六〇〇円

過少申告加算税 七万五〇〇〇円

三  原告は、同年八月二〇日、国税不服審判所長に対し右取消処分につき審査請求をしたが、同所長は平成七年二月二七日付でこれを棄却し、原告はそのころ右裁決書謄本の送達を受けた。

第三争点

一  本件において、減価償却費の計算における中古減価償却資産の耐用年数について見積耐用年数を適用すべきか。

二  平成二年分の推計課税の計算において、本人比率を適用すべきか。

三  平成三年分総所得金額算定における個別項目の認定金額

第四争点に対する当事者の主張

一  原告の主張

1  争点一について

(一) 原告は、平成元年分確定申告の際、税務調査官に対し、別表1記載の資産A・B・D(以下「本件車両等」という。)の売買契約書を提出し、本件車両等が中古資産である旨申立てたが、被告担当者は、原告からそれ以上の聴取をすることなく、平成元年分収支内訳書(乙三。以下「本件収支内訳書」という。)に記入した。

税務処理に無知であった原告としては、本件車両等の減価償却費の計算において、前記資料や本件車両等が中古品である旨の申立に基づいて、被告担当者が原告に有利な見積耐用年数を指導してその旨を記入したものと信じ、記入されたままを収支内訳書として提出したものである。

したがって、右減価償却費の計算が原告にとって不利な法定耐用年数によっていることを知らなかったもので、錯誤に基づく申告であるから無効というべきものである。

右のような特別の事情がある本件の場合には、当該資産を事業の用に供した日の属する年分の確定申告期限を経過しても、これを見積耐用年数に変更することが許されるべきである。

(二) 原告が平成元年分確定申告の際、耐用年数を法定耐用年数によらず見積耐用年数を選択する旨の明確な意思表示をしなかったとしても、平成五年四月二八日の異議申立の際、原告が提出した本件車両等の売却契約書を検討すれば、これらが新品ではなく中古資産であると確認できたのであるから、被告は、右異議申立てに対する異議決定の際、見積耐用年数に修正すべきであった。

2  争点二について

被告は、原告の平成二年分の課税額は推計によって算出したが、平成三年分の基礎数値の正確性が担保されていないとの理由で、平成三年分の原告本人の所得率を適用しなかった。しかし、被告は、更正の際の調査及び異議決定の際の調査の二回にわたり、原告の所得の明細及び営業経費に関する資料を検討し反面調査をしたもので、本人分は調査済みであるから、本件ではより合理的な平成三年分の原告本人の所得率(原告が、平成五年一月二〇日に被告に提出した平成三年分の所得税の修正申告に係る収入金額に対する事業専従者控除額を控除する前の所得金額の割合、別表2のとおり〇・六三、以下「本人比率」という。)を適用すべきである。

3  争点三について

(一) 売上金額として、チャーター料(計一一六万八二〇〇円)及び修繕費(一九万三五〇〇円)は加算すべきでない。

原告は、石原建設と鈴木自動車工業所に仕事を紹介しただけで何らの利益も得ていない。

(二) 株式会社高圧特機(以下「高圧特機」という。)に対する売上金額は、二三万九〇〇〇円であり、さらに一八〇万四〇〇円を加算すべきではない。

原告は、高圧特機の発注工事を残土で埋め立て完了したが、なかなか工事代金を支払ってもらえなかったので、たびたび口頭で請求したところ、二〇〇万円の領収証を書いてもらえば二〇万円を支払うと言われ、同社に対して二〇三万九四〇〇円の請求書を発行し、同額の領収証を交付したものであって、実際に高圧特機から受領した金員は二三万九〇〇〇円である。この経緯を、税務調査員に申し出たところ、差額一八〇万四〇〇円は高圧特機に課税すると言われたので、原告はこれを加算しなかったものである。

(三) 資産Cの取得価額につき被告は七二一万円と主張するが、七〇〇万円である。

4  原告の所得金額

以上を前提に計算すると、原告の平成二年分の総所得金額は七九七万五九三四円、同三年分の総所得金額は四五五万三九六四円となる。

二  被告の主張

1  争点一について

(一) 減価償却費の額を計算するにあたって、中古の減価償却資産の耐用年数を法定耐用年数によらず見積耐用年数による場合には、当該資産を事業の用に供した日の属する年分の確定申告期限までに、当該年分に係る期限内申告書において見積耐用年数を選択する意思表示をすることを要し、右意思表示のない場合、課税庁は法定耐用年数を採用すべきである。

納税義務者が無効を主張したとしても、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、法定の方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されないが、本件においては、仮に錯誤が存在してもその錯誤が客観的に明白かつ重大でないことは明らかである。

(二) 原告の平成三年分の所得税の更正処分に係る異議申立ての審理にあたって、異議審理庁が仮に減価償却資産が中古資産であることを承知していたとしても、右資産に係る減価償却費の計算が法律の規定に従って適法になされている以上、これに適用すべき耐用年数を法定耐用年数から見積耐用年数に置き換える必要はない。

2  争点二について

(一) 原告は帳簿書類を備え付けておらず、また、請求書、領収証等の証憑書類等の収支の状況を明らかにする直接書類も保存していなかった。そのため、被告は、原告に対して平成二年分の実額課税を行うことは不可能であった。そこで、被告は、調査によって把握することができた売上金額に、原告と業種、業態及び事業規模等の類似する青色申告者である同業者(以下「類似同業者」という。)の平均所得率(青色申告者のみに認められている必要経費を控除する前の所得金額に対する売上金額の割合の平均)を乗じて、次のとおり課税標準たる所得を推計した。

(1) 売上金額

推計の基礎数値とした売上金額は、三九八五万七四八七円である。

(2) 推計の方法

類似同業者の選定は、次のとおりである。

(同業者の抽出基準)

広島国税局長は、原告の事業所所在地を管轄する三原税務署長及びその隣接地域を管轄する西条、竹原、尾道、福山、府中、三次及び庄原の各税務署長に対し、所得税の確定申告をしている者で、平成元年分、同二年分を通じて次の<1>ないし<6>の条件にすべて該当する者を抽出するよう通達した。

<1> 平成二年度に土木工事業を営んでおり、その中途において開廃業、休業及び業態を変更していない者

<2> 平成二年分の所得税の確定申告について、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者

<3> 事業に係る金額は、平成二年分において、二〇〇〇万円以上八〇〇〇万円以下の範囲にある者(右金額は、被告が把握している原告の平成二年分の売上金額の約二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)

<4> 重機を所有している者

<5> 売上金額に対する売上原価の比率が平成二年分において五パーセント以内の者

<6> 更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法もしくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間もしくは出訴期間が経過している者又はこれらの訴訟が係属していない者

(同業者の選定件数及び同業者率の内容)

右通達により抽出された同業者は三名であり、その売上金額、算出所得金額、算出所得率は別表3のとおりであり、その結果、同業者率は〇・二三二となった。

(同業者の抽出過程)

右抽出基準は、原告の事業内容に基づき設定したものであり、これにより抽出された前記同業者は、原告と業種、業態、事業場所及び事業規模等において類似性を有する。

(二) 一般的には、納税義務者の他の年分の事業内容と係争年分のそれとの間に特に事業実績が大きな影響を与えるような差異がないような場合であれば、事業形態、立地条件等の事業内容の個別類似性は本人が最も高いといえるから、本人比率の方が、同業者比率よりも合理的な推計方法であるといえる。

しかし、本件がそのような場合にあたるかは明らかでなく、また、単年度の実績のみで直ちに本人比率の基準とするのはその正確性に問題が残ることから、原告主張に係る同人の平成三年分の所得金額を基準とする推計方法の合理性には疑いがあるので、これを採用しなかったものである。

したがって、本件において同業者率による推計方法を用いる方がより合理性が高かったことは明らかである。

(三) 原告主張のとおり本人比率を用いて原告の平成二年分の所得金額を推計計算をすると、別表6の「被告計算額」のとおり、原処分の認定所得金額を上回る結果となるから、推計方法の合理性がないとの原告の主張は、取消しを求める利益がないこととなり、原処分の取消し原因とはなりえず、主張自体失当である。

3  争点三について

被告の認定した金額は、別表1、4、5のとおりであり、これに基づいて原告の総所得金額を計算すると、平成二年分は、九二四万六九三六円となり、同三年分は、八二一万五一八四円となる。右金額は、本件更正処分によって認定された金額を上回るものであって、本件更正処分は適正である。

第五当裁判所の判断

一  争点一について

1  減価償却資産が中古資産である場合の減価償却費の計算における耐用年数の選択方法について検討する。

所得税法は、減価償却費の計算について、償却費として必要経費に算入される金額は、納税義務者が選定した償却方法に基づいて政令で定めるところにより計算した金額(同法四九条一項)とし、納税義務者が選定しうる「償却の方法の種類」等に関し、必要な事項は政令で定めると規定しており(同条二項)、これを受けて所得税法施行令一二〇条は、減価償却資産の種類別に納税義務者が選定しうる償却方法を定めており、一般の有形償却資産については、定額法または定率法が認められている(同条一項一号)。

本件で選択されているのは定額法であり、この方法は、減価償却資産の取得価額がその残存価額を控除した金額に、その償却費が毎年同一になるように当該資産の耐用年数に応じた償却率を乗じて計算した金額を償却する方法である。

耐用年数は、減価償却資産の本来の効用の持続する年数であって、その内容については、所得税法施行令一二九条の委任を受けた減価償却資産の耐用年数等に関する省令(以下「耐用年数省令」という。)に定められている。

耐用年数省令一条は、各減価償却資産の耐用年数(以下「法定耐用年数」という。)を定めているが、中古減価償却資産については、その用に供した時以後の使用可能期間の年数(以下「見積耐用年数」という。)によることができる旨の特則がある(同令三条一項)。

したがって、納税義務者は、中古減価償却資産の耐用年数として法定耐用年数を選定することも、見積耐用年数を選定することもできるのであるが、中古の減価償却資産の耐用年数を法定耐用年数によらず見積耐用年数によって減価償却する場合には、当該資産を事業の用に供した日の属する年分の確定申告期限までに当該年分にかかる期限内申告書においてこれを選択する意思表示をなすことを要するとの通達の規定(耐用年数の適用等に関する取扱通達1-5-1(中古資産の耐用年数の見積り))がある。

通達は税務署内部の取扱規定であって直ちに裁判規範になるものではないが、以下に述べるとおりに耐用年数の選択の手続要件として妥当な内容を持つものであるから、右通達に従った処理は適法な処理方法であるということができる。

すなわち、減価償却は、減価償却資産が長期間にわたって収益を生み出す源泉であり、その取得に要した金額は将来の収益に対する費用の一括前払いの性質を持っているので、費用収益対応の原則から、右取得費は、取得の年度に一括して費用に計上するのではなく、使用または時間の経過によってそれが減価するのに応じ徐々に費用化するのが妥当であるという観点から認められている会計技術であるから、所得計算の適正を維持するためには同一の計算方法を継続的に用いることが必要となる。所得税法施行令が、納税義務者はその選定した償却方法を所轄税務署長に届けなければならず(一二三条二項)、また、選定した償却方法を変更しようとする場合には、所轄税務署長の承認を受けなければならない(一二四条)と定めているのは右の趣旨によるものと解される。

したがって、納税義務者は償却が開始される最初の年度に償却方法を選択することを要し、納税義務者による選択がない場合には税務署長が選択できる基準が必要となる。

そして、耐用年数省令によれば原則は法定耐用年数であって、特則として見積耐用年数が認められていることからすると、特則の適用を望む者が自らその旨の意思表示をしない場合、税務署長は原則に従い法定耐用年数を採用するのが妥当かつ合理的である。

2  原告は、税務調査官に対し、本件車両等が中古資産である旨申し立てたかどうかについて検討する。

(一) 原告が平成元年分の確定申告をした経緯(当事者間に争いがない。)

(1) 平成二年二月二〇日

原告は、平成元年分の所得税の確定申告を行うため、被告の来署案内に応じて三原税務署に赴き、渋川調査官と面接した。

渋川調査官は、原告から平成元年中における原告の事業の状況を聴取しながら、原告が持参した資料に基づいて、平成元年分の納付すべき税額を算定するために事業所得金額の計算を行っていたところ、原告の持参した資料では、減価償却資産の取得年月日及び取得価格等が不明であるため、必要経費に算入すべき減価償却の計算ができないことに気付いた。

そこで、渋川調査官は、原告に対し、減価償却資産の明細等が明らかにならないと減価償却費の計算ができない旨を告げ、後日、減価償却資産の購入に係る売買契約書等の客観的な書類を持参してそれらを明らかにするよう指導した。

(2) 平成二年二月二三日

原告が、渋川調査官の指導に応じ、減価償却資産の取得年月日等が記載された書類を持参して、被告税務署を訪れたところ、再度、渋川調査官が対応した。

渋川調査官は、原告が持参した書類に基づいて、不明点については質問をしながら、平成元年分収支内訳書(一般用)の用紙を用いて、減価償却資産の名称等、取得金額等所定の事項を記載して減価償却費の計算を行い、その結果得られた事業所得の金額をもとに、原告の納付すべき所得税額を算出した。

渋川調査官が原告に対し、確定申告書に所定の事項を記載して、確定申告書及び本件収支内訳書に住所、氏名の記載及び押印を求めたところ、原告は、これに応じて右各書面に、署名・押印した上、これらを提出した。

(二) 以下に挙げる証拠によれば次の事実が認められる。

(1) 資産Aの自動車売買契約書(甲四の1)の契約年月日欄には「六三年九月」、初年度登録年月欄には「五四」との記載があるが、本件収支内訳書三丁の「減価償却費の計算」の一行目(名称等の欄に「ダンプ」と記入されており、その取得価額欄の記載からすると、資産Aを指すと考えられる。)の取得年月欄には「六三年五月」、耐用年数欄には「四年」と記載されている。

(2) 資産Bにかかる自動車売買契約書(甲五の1)の自動車代金欄には「六五〇万円」、下取車充当額欄には「五〇万円」との記載があるが、本件収支内訳書三丁の「減価償却費の計算」の三行目(名称等の欄に「ダンプ」と記入されてておりその取得価額欄の記載からすると、資産Bを指すと考えられる。)の取得価額欄には「六〇〇万円」と記載されている。

(3) 資産Dにかかる建設機械(所有権留保約款付)割賦売買契約書(甲七の2)の第二条には、「本件機械の売買代金は金七一八万七〇〇〇円」との記載があり、また、日付欄には「昭和六三年六月三〇日」との記載があるが、本件収支内訳書三丁の「減価償却費の計算」の二行目(名称等の欄には「ユンボ」と記入されておりその取得価額からすると、資産Dを指すと考えられる。)の取得価額欄には「六四五万円」、取得年月欄には「六三年九月」と記載されている。

(三) 以上(一)及び(二)の事実を前提として判断する。

甲第四号証の1、2、第五号証の1、2及び第七号証の1、2はいずれも、原告が平成元年度の確定申告の時に税務調査官に提出したと主張する書類であるが、原告が確定申告の相談時に本件車両等の売買契約書である前記書証を提出していたとすれば、渋川調査官は本件収支内訳書にその内容を転記するはずであり、前記のとおり取得年月日及び取得価額をことごとく誤って記載することは通常考えられない。

したがって、原告が平成元年分の確定申告の際、税務調査官に本件車両等の売買契約書を提出したことを認めることはできず、他には原告が渋川調査官に対し本件車両等が中古資産であることを告知したことを認めるに足りる証拠はない。

3  錯誤の主張について

所得税法は、いわゆる申告納税制度を採用しているが(一二〇条)、国税通則法は、納税義務者が確定申告書を提出した後において、申告書に記載した所得税が適正に計算したときの所得税額に比し過少であることを知った場合には、更正の通知があるまで、当初の申告書に記載した内容を修正する旨の申告書を提出することができ(同法一九条一項)、また確定申告書に記載した所得税額が適正に計算したときの所得税額に比し過大であることを知った場合には、法定申告期限から一年以内に限り、当初の申告書に記載した内容の更正を請求することができる(同法二三条一項)旨規定している。

ところで、所得税法が申告納税制度を採用し、確定申告書記載事項の過誤の是正につき右のような規定を設けたゆえんは、所得税の課税標準等の決定については最もその事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に定めた場合に限るとすることが、租税債務の可及的速やかな確定という国家財政上の要請に応ずるものであり、納税義務者に対しても過当な不利益を強いるおそれがないと認めたからであると解される。したがって、納税義務者の意思に基づいて作成された確定申告書の記載内容が、納税義務者の真意と異なる結果になった場合において、その是正ついては、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、前記国税通則法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されないものといわなければならない。

この点を本件についてみると、原告本人尋問の結果によれば、原告は、減価償却資産の耐用年数に関する法定耐用年数、見積耐用年数の区分を知らず、原則的処理方法である法定耐用年数に基づく減価償却計算を指導した調査官に従ったものであり、見積耐用年数を選択する意思はこれを有していなかったと認めることができる。したがって、申告に際し、原告に耐用年数選択に関する錯誤があったとは認め難く、この点に関する原告の主張は採用できない。

仮に、見積耐用年数を選択できることを知らないで申告したこと自体を錯誤と見ることができるとしても、平成元年分確定申告の時点では、原告の将来の所得額が分からず、したがって、減価償却資産の耐用年数につき、原告にとっての有利不利は右時点においては不明であること及び法定耐用年数が原則的処理方法として法規に定められていることからすると、前記錯誤をもって明白かつ重大なものとはいえない。

したがって、原告の右主張は採用できない。

4  異議審理庁において見積耐用年数を適用すべきであるとの主張について

見積耐用年数を用いて減価償却費を計算するには、納税義務者は当該資産を事業の用に供した日の属する年分の確定申告期限までに当該年分にかかる期限内申告書においてこれを選択するとの意思表示をすることを要するが、前記認定のとおり、原告は、平成元年分の確定申告時に見積耐用年数を選択しなかったのであるから税務署長が法定耐用年数を採用したことは適正かつ適法であり、原処分が適正かつ適法である以上、異議審理庁が見積耐用年数を用いることは許されない。

二  争点二について

1  証拠(乙一九ないし同二六の2)によれば、前記第四二2(一)(2)記載の被告の主張に沿う同業者の抽出基準、同業者の選定件数及び同業者率の内容、同業者の抽出過程の各事実が認められる。

右認定の各事実によれば、同業者の抽出基準は、業種、業態の同一性、事業規模の近似性等の点で、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。そして、その抽出作業について広島国税局長の恣意の介在する余地は認められず、且つ右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い。

また、抽出した同業者は三名であり、各同業者の個別性は平均化されている。

したがって、右により算出された同業者の平均算出所得率を基礎に算定された原告の本件係争各年分の事業所得金額の推計には、一応の合理性が認められる。

2  原告は、本件では、同業者率より本人比率の方が合理的と主張する。

そこで、複数の推計方法が考えられる場合に、課税庁の推計方法の合理性をいかなる基準によって判断すべきかを検討する。

所得税法一五六条は、所得の実額が捕捉できない場合においても、国民が公平に国家経営のための経費である租税を負担すべきであることを考慮するならば、租税を回避することは許されないから、間接的な資料によって所得を認定して課税すべきであるとの趣旨を規定したものであり、間接的な資料を用いて所得を認定する方式である推計課税は、直接資料を用いて所得を認定する実額課税に代わるものである。もっとも、推計課税は実額課税が客観的な所得額との一致の蓋然性を個別的・具体的に追求するものであるのに対し、一般的・抽象的な一致の蓋然性があることをもって足りるとするものであるから、推計課税の合理性を基礎づける事実も、一般的・抽象的に見て実額に近似した金額を算出するのに必要な限度で類型的に捉えれば足りるものと考えられる。そして、右の意味における推計課税の合理性を基礎づける事実の存在が肯定される本件のような場合においては、一応の合理性が認められる推計方法が他にあり、この方法による方が所得税が低くなるとしても、そのいずれをとるかは、課税庁が、その裁量により決することができるものであるから、他の推計方法による方が実額により近似することが証明されない限り、課税庁の推計方法の合理性が肯定されると解すべきである。

ところで、一般的には、納税義務者の他の年分の所得が正確に把握されており、かつ、その事業内容及び形態とその係争年分のそれとの間にさしたる差異がない場合であれば、本人比率が同業者よりも実額に近似すると見て差し支えない。しかしながら、本件においてはその前提となる事実(原告が比準すべきであると主張している平成三年分所得の正確性、事業内容及び形態の同一性)についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件では、同業者率より本人比率の方がより実額に近似するとは未だ認めがたい。

よって、被告が同業者率を用いて原告の本件係争各年分の所得金額を推計したことは合理的であると認められる。

三  争点三について

1  チャーター料及び修繕費について

被告は、総額主義の要請上、チャーター料及び修繕費を売上金額と必要経費の双方に加算したのであるが、総所得金額の計算においてはいずれにせよ相殺されるものであり、原告に主張の利益はなく、これをもって課税処分等の違法性の理由とすることはできない。

2  高圧特機に対する売上金額について

乙第九号証によれば、原告は高圧特機に対して、二〇三万九四〇〇円の請求書を発行したこと、乙第一〇号証によれば同額を受領した領収書を発行していることが認められ、右事実に照らせば、特段の事情のない限り、原告が高圧特機から二〇三万九四〇〇円を受領したと認めるべきであるが、本件前証拠を検討しても、原告が右金員を受領していないと認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の右主張は採用できない。

3  資産Cの取得価額について

乙第一三号証を全体として見れば、資産Cの取得価額は七二一万円と認められ、七〇〇万円と認めるに足りる証拠はない。

4  以上に検討した以外の認定金額については当事者間で争いがない。

四  したがって、平成二年分の所得金額は九二四万六九三六円、同三年分の所得金額は八二一万五一八四円と認められ、右金額は、異議決定により取り消された後の同二年分の総所得金額八四〇万九九二九円、同三年分の総所得金額六四六万二〇三四円を上回るので、本件更正処分は適法である。

五  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤誠 裁判官 白神恵子 裁判官 松山昇平)

別表1

減価償却費の計算明細(平成3年分)

<省略>

別表2

<省略>

別表3

<省略>

別表4

収支内訳書等の状況

<省略>

別表5

原告の売上金額の計上の状況(平成3年分)

<省略>

別表6

原告本人比率を適用した所得金額

<省略>

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